抱っこができない

愛猫 黒猫無垢の話 14

私の実家は古民家と言えるかどうかわからないけど、とにかく築年数が古い家でした。

仏壇に江戸時代の位牌があったり古銭があったり、伊勢湾台風の影響でほんの少し家が傾いてたり。

あと、たまに天井からムカデが落ちてきました(地獄)

古い家だったので至るところに隙間や抜け道があり、好奇心旺盛なお年頃になった無垢が外に出てしまうことを防ぐのはほぼ不可能でした。

外の世界を知ってしまった無垢は、私の帰宅を『家を抜け出すため』に待つようになりました。

無垢が出て行ってしまったら、入ってくるまで玄関の扉を少しだけ開けて帰ってくるのを待たなくてはなりません。 なので、仕事から帰ると玄関前で必死の攻防が繰り広げられる事になります。

たまに玄関ではなく勝手口や離れと母屋をつなぐ通路の扉からそっと入ろうと試みましたが、気が付いた無垢がものすごい勢いでこちらに走ってくる気配がします。 当然猫のすばやさに人が勝てるわけもなく、一瞬の隙をついて外に出ていかれることがほとんどでした。(ほぼ私の負け)

外には野良猫がいてケンカになることもあったので、帰ってくるまで心配で心配でたまりませんでした。 首輪の鈴の音がチリン♪と玄関の方で聞こえると「よかった~これでやっと眠れる」とほっとしたのを覚えています。


外に出して大丈夫?と思われるかもしれませんが、実家がある町は35軒ほどしか家がありません。ご近所さんみんな顔見知りです。

人口も少なく店どころか信号のある交差点すらありません。

道路はほぼ住民の車(か農耕機)専用。なので無垢が外に出ても事故にあう心配はほとんどありませんでした。

車よりも怖いのは・・むしろ人でした。

最初の頃に書きましたが、実家周辺は猫が捨てられやすい環境で野良猫が多く、自宅内を荒らされる事がよくあったため、猫を毛嫌いしている人がとても多かったのです。

外に出はじめた頃の無垢は、人に対して全く警戒心を持っていなかったため、猫嫌いの人からとんでもない目にあわされてしまったのです。

無事だったからよかったものの・・一歩間違えれば命を落としていました。

その日、私が仕事から帰ってくるなり母が大変な事があったとまくしたててきました。 「外に出ていった無垢が全身水浸しで帰ってきたの。首輪も外れてたのよ。用水路に滑ってうっかり落ちちゃったのかと思ってたんだけどね・・」

母が慌てて無垢の身体を水道水で洗ってタオルで乾かそうとしていた時に、畑仕事の帰りに時々うちに寄って母と世間話をしていく近所のおばあさんが訪ねてきたそうです。

その人を見たとたん、無垢が今まで聞いたことのない鳴き声で唸りだし、ぶしゃああああああーーーと空気砲を出し始めたそうです。 無垢を見てあきらかに動揺するおばあさん。なにやらもごもご言いながらそそくさと帰っていったそうです。

「畑で寝ていた無垢をつかまえて用水路に放り込んだんだって。すべって用水路に落ちたにしては顔まで水浸しだからおかしいなと思っていたんだけど・・首輪がないから野良だと思ったって言ってたけど、それでも用水路に放り込むなんて!」

首輪は窒息しないよう外れやすい仕様になっているものを買っていました。 ひょっとしたらつかまえる時に首輪を持ったか何かして外れたかもしれません。 無垢が人間をまったく警戒していなかったから、初対面のおばあさんでも容易に捕まえられたのだと思います。

その時期の用水路はせき止められていてとても深く、岸にあがれなければ人間だって溺れる危険があります。 運よく岸にあがれたから無垢は助かったのでしょう。

無垢はその件があってから、たとえ家族でも抱っこされるのをすごく嫌がるようになってしまいました。